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横浜地方裁判所 平成5年(わ)555号 判決

主文

1  被告人を懲役二年四か月に処する。

2  未決勾留日数中一〇〇日を刑に算入する。

3  覚せい剤二個、一袋及び一包(平成五年押第一八九号の1ないし4)を没収する。

理由

(認定した犯罪事実)

第一  被告人は、法定の除外事由がないのに、平成五年三月一日ころ、東京都目黒区三田〈番地略〉の自宅で、覚せい剤水溶液約0.25ミリリットル(フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩微量を溶かしたもの)を左腕に注射して使用した。

第二  被告人は、みだりに、同月二日、右自宅で、覚せい剤(フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩結晶性粉末)合計約52.117グラム(平成五年押第一八九号の2ないし4はその鑑定した残量)及び覚せい剤水溶液約0.5ミリリットル(フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩含有物約0.275グラム〔同押号の1はその鑑定した残量〕を溶かしたもの)を所持した。

(証拠)〈省略〉

(法令の適用)

1  該当罰条

第一の行為  覚せい剤取締法四一条の三第一項一号、一九条

第二の行為 同法四一条の二第一項

2  併合罪の処理 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条 重い第二の罪の刑に加重

3  未決勾留日数の算入 同法二一条

4  没収 覚せい剤取締法四一条の八第一項本文

(量刑の事情)

一 本件は、輝かしい記録を持つ著名なプロ野球の元投手である被告人が、薬害が重大でその乱用が社会問題化し撲滅が強く叫ばれている覚せい剤を使用するとともに、自宅にこれを大量に所持していたという衝撃的な事案である。

二 本件に至る動機、経緯をみると、被告人は、高校卒業直後プロ野球界に入り昭和五九年に引退するまで十数年間、投手として大記録を樹立し、あるいは塗り変え、所属球団の優勝に貢献するなどの大活躍をし、引退の翌年には渡米してアメリカ大リーグの選手になろうと試みて果たせず帰国し、その後、プロ野球の解説などをしていたが、引退後、後輩の指導等の仕事には就けず、妻子・親族等との離別や断絶、独り暮らしの侘しさに加えて、解説等の仕事の実態も自己の理想から掛け離れていると思えたことなどから自棄的になっていた折り、街頭の密売人から勧められ、好奇心も手伝って覚せい剤を購入して使用を始め、次第にその使用の量や頻度を増やし、以前から交際のあった知人等を通じて大量の覚せい剤(約一〇〇グラム)を入手したうえ本件で検挙されるまで数年にわたって使用し続け、昨年九月ころからは同居していた女性にも勧めて一緒に使用させるなどしながら、本件犯行(使用及びその残量の所持)に至ったというものである。

このように、引退後の生活が激変し十分に能力を発揮するだけの活躍ができず、家庭環境も不遇であったことなどを考えても、被告人のファンは勿論、多くのプロ野球愛好者等の夢を汚し、プロ野球関係者等に多大の迷惑を及ぼすことなどを十分考えずに、安易にこのような重大な犯罪に至った被告人の遵法精神・責任感の欠如は明らかであり、覚せい剤使用の常習性、覚せい剤に対する親和性も顕著であって、動機に酌むべきものは少ないというほかない。

三 本件覚せい剤の所持量は五二グラム余と自己使用のためのものとしては稀に見るほど大量であって、それ自体悪質といわなければならない。また、被告人のような著名人が、安易にこのような重大な罪を犯したことの及ぼす社会的な悪影響の大きさも見過ごすことは相当ではない。更に、同居していた女性は、覚せい剤使用の罪で有罪判決を受けており、そのきっかけを作った被告人の責任も指摘せざるを得ない。

四 その他の被告人に有利な事情として、本件所持は、被告人の交友関係等から容易に覚せい剤が入手できたため大量となったが、その目的は自己使用(一部同居者への使用)に限られており、同程度の通例の所持の事犯に比較すると薬害拡散の危険性は乏しいといえること、被告人には前科、前歴はなく、本件で逮捕されて以来四か月余り身柄を拘束され、初めての公判審理を受けて内省を深め、更生の決意を強く示すなど、改悛の情も顕著に認められること、心臓病を患うなど身体に不調があること、プロ野球選手として特筆すべき活躍をして社会に貢献した面もあること、本件が広く報道されるなどして厳しい社会的制裁を受けていること、生育歴や家庭状況が不遇であったこと、公判に出廷した著名人を含む友人、知人等が更生に協力することを誓っていることなどが認められる。

五 前記の有利な諸点を十分考慮に入れても、本件犯行は重大であって、その刑事責任は軽視しがたく到底、刑の執行猶予を相当とする事案とは認められない。そこで、その罪責を明確にし過去を清算させて再出発させるため、主文掲記の実刑を科すのはまことに已むを得ないところというべきである。

(裁判官廣瀬健二)

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